久保孝雄さん(神奈川県日中友好協会会長川崎市産業振興財団顧問)と語る
 

~ これからの日中関係 ~

 
久保 孝雄(くぼ・たかお)さん
1929年生まれ。1951年東京外国語大学中国語学科卒業。(社)中国研究所などを経て、75年長洲知事の政策スタッフ(特別補佐官)として神奈川県庁に入る。87年副知事に就任。91年日本初のサイエンスパーク「かながわサイエンスパーク」の運営会社(株)KSP代表取締役社長に就任。99年川崎市産業復興財団理事長、2003年同財団顧問兼新産業政策研究所長に就任(現職)。神奈川県日中友好協会会長、アジアサイエンスパーク協会名誉会長、中国・藩陽大連高新技術産業開発区東北大学各顧問。韓国・大邱テクノパーク顧問。ミャンマー・ビジネス開発研究会会長。主な著書に「市民参加」(現代都市政策講座2 共著 岩波書店)、「産業社会の将来」(共著 日本評論社)、「政策」(岩波講座・自治体の構想・3 共著 岩波書店)。

 

 【対 談】日中関係から始める東アジア共同体で経済発展と平和の発信を
 
政府が、国の骨格に関する明確なメッセージを打ち出せないでいる中、私は持続的で共生可能な21世紀を生きるための改革の展望や方向性を一人の政治家として持ちたい、社民党の政策にしたい、できれば国全体をそんな方向へもっていきたいという思いを強くしています。そこで、国際関係の大きな柱のひとつであり、変化のさなかにある日中関係の今後について、政治、経済、文化など広範囲に中国の人たちとの交流を深めてこられた久保さんに聞きました。

阿部 今、 日本と中国の間に起きている変化をどう分析されますか。

久保 ここ数年、 日中関係の構造的変化が進んでいます。 この変化を軸にして、 日米、 米中関係にも変化が及んでおり、 日本国民にとっては、 これまでの中国認識、 中国とのつきあい方を根本から改めなければならないような民族的な試練であると私は考えています。

 

  経済のボーダーレス化と政治の相互反発・冷却化
 
久保 構造変化の一つは、 日中経済が相互補完の段階から、 融合、 一体化に向けて進み始めていることです。 経済面では、 日中間の国境の壁がどんどん低くなっています。 日本の最大の貿易相手国は戦後一貫してアメリカでしたが、 04年に中国へと移りました。 日本の景気回復の最大の要因は、 貿易の拡大によるものですが、 その85%が対中国貿易の増加分です。 この現実を腹の底から受け入れることができるかどうかが問われています。
 もう一つの変化は、 経済のボーダーレス化に逆行するかのような、 政治の相互反発、 冷却化が進んでいることです。 その直接的な原因は、 小泉首相の靖国参拝問題であり、 また多くの自民党の政治家や保守系の政治家が繰り返す、 過去の中国侵略の歴史を否定したり、 美化する発言が繰り返されていることに対する中国側の反発だと思います。 しかし、 背景には、 日清戦争以降の総合国力における日中間の力関係が大きく変わっていること、 また、 それにより中国に対する警戒心、 危機感、 脅威論が日本の保守層を中心に広がってきていることがあるように思います。 その警戒心は、 2004年防衛大綱の中国に関する記述にはっきり表れています。

阿部 米軍の再編も中国が敵国になったときへの布陣だと考えられます。 一方で、 歴史的にも日本は中国から有形無形の恩恵を受けてきたし、 地域的にも協調していかなくては生きていけないということを分かっている政治家、 経済人もいます。 私も、 日本を元気にするカギは、 経済的発展をしつつ平和の発信が可能な、 久保先生がおっしゃるアジアン・ルネサンスではないかと感じます。

 

  東南アジアのFTAには歴史の清算が不可欠
 
久保 小泉内閣もようやくFTA (自由貿易協定) を真剣に考え始めるようになり、 二国間交渉を進めていますが、 アメリカ抜きでASEAN (東南アジア諸国連合) と日本がFTAを進めることに、 アメリカは常に牽制を加えています。 また、 ASEAN諸国は、 中国と日本の経済力が大きすぎるため、 自分たちが埋没してしまうという危惧を持っていますから、 まず東アジア経済の中核である日・中・韓でFTAを結び、 将来的にそれをASEAN全体に拡げ、 安全保障を含む東アジア共同体を目指すべきでしょう。
 ただし、 中国や韓国、 ASEAN諸国にはかつての大東亜共栄圏に対する警戒心も根強いので、 EUをつくる際にドイツがしたように、 過去の歴史をきちんと清算して、 本当の意味での和解を実現するということが必要です。 ODA (政府開発援助) にしても多少の無償援助はあるものの利子を取って金を貸しているというのが実態です。 第二次世界大戦の後、 中国は、 日本国民も戦争の犠牲者だから賠償は請求しないと、 請求権を放棄してくれました。 それが日本の戦後復興にどれだけ役立ったかを思うと、 現状のODAですべて過去を清算できたなどというのは、 とんでもないことです。 北朝鮮を含む日中韓朝との和解がなければ東アジア地域での本当の共同体はできないと私は考えています。

 

  北東アジア非核共同体インフラは市民のネットワーク
 
阿部 現在のような対中国強硬路線をとっていては、 日本はアジアン・ルネサンスどころか、 経済的にも凋落の一途となる可能性もあります。 社民党に一つ先見性があったとすれば、 北東アジアにおける非核共同体を提案したことでしょう。 ただ、 そのためのインフラをどうつくるのか具体的に語られてこなかったため、 構想が宙に浮いてしまいました。

久保 インフラは、 国と国だけに任せる必要はなく、 東アジアに市民社会のネットワークを作っていくことが大きなインフラになるはずです。 私は、 これまで東アジアでの行政、 企業、 技術面でのネットワークを作ってきましたが、 草の根からの日中友好も重要だと考えています。 今、 日本と韓国、 中国との間で芸能・音楽などの文化交流が盛んになってきましたが、 こういったソフトパワーの交流をさらに結びつけていくことも大切です。

阿部 日本ではメディアの問題もあって、 世論が煽られやすいのが心配です。 同じ東南アジアの国に対して、 冷静さを失った対応をしないためにも、 多様な交流が必要ですね。

久保 中国を仮想敵とみなす議論がありますが、 日本は戦争をしないことを前提に戦後の国造りをしてきました。 今さら戦争しようというのなら、 国土をすべて作り替えなければなりません。 東京に一発ミサイルが落ちたら国の機能がマヒするような一極集中を進め、 高速道路も戦闘機が降りられない設計になっています。 保守系政治家のなかには、 そのような戦後が憎くて仕方ない人もいるようです。
 私は、 長洲神奈川県政下で、 戦前は義務と忍耐の社会、 戦後は権利と要求の社会だったが、 それをいつまでも続けることはできない、 これからは自治と連帯の社会を目指そうと議論しました。 社民党も国際関係はもとより、 国のあり方に関する改革の具体的な方向性を積極的に打ち出してほしいと思います。



(「阿部とも子News ともことかえる通信No.18」(2005年1月号)に掲載)