平尾紘一さんと語る
 

~ 医療制度改革の実態 ~

 
平尾 紘一(ひらお・こういち)さん
1968年、横浜市立大学医学部卒業。1969年、衣笠診療所にて糖尿病外来開始。1988年、葉山病院院長就任。糖尿病教育病棟(トレーニングルーム、バイキング食堂、教育ルーム、人工すいぞう等を考えた) を開設。1989年、神奈川県医師会学術功労賞受賞。1933年、H.E.Cサイエンスクリニックを開業。現在、H.E.Cサイエンスクリニック糖尿病・肥満治療研究所所長。 日本糖尿病学会学術評議員、肥満学会・病態栄養学会・糖尿病妊娠学会評議員、日本糖尿病協会関東甲信越理事、糖尿病認定医研修指導医。神奈川県保険医協会理事長。著書に『糖尿病克服への近道-患者の心がまえと治療のポイント』(桐書房)など。
 

 

 【対 談】医療費の抑制ではなく医療の適正化こそ必要
 
12月1日付けで政府・与党の「医療制度改革大綱」が発表されました。しかし、大綱とは名ばかりで、少子高齢社会の医療の全体像を分析し、国としての対策を打ち出すこともなく、単に医療費削減という結論が先にありきの誘導的なデータを示していたことに怒りを覚えます。そこで、神奈川県保険医協会理事長の平尾紘一さんにお越しいただき、医療制度、 国民健康保険制度、高齢者医療制度のあるべき改革の方向性を話し合いました。
 厚労省が予測する医療費の総額 恣意的で根拠も不明
 
阿部 私が、 厚生労働省の 「医療制度改革大綱」 について、 まず納得できないのは、 2025年には国民総医療費が65兆円になるという予測を前提に、 それをどう縮小させるかといっているのですが、 患者負担分の割合は示していないことです。 また、 厚労省が1997年に予測した2025年の医療費は104兆円、 2000年に予測した2025年の医療費は81兆円と見積もっていました。 ところが、 今回の資料では2000年の予測と比べても16兆円も減っています。 1997年の予測データからは39兆円も少ないのです。 その時々の厚労省の都合でデータをつくり、 国民を脅しているだけではないか、 という気がしてしまいます。

平尾 さらに危険なのは、 医療費がある額以上かかるところは混合診療にして患者に自己負担してもらうといっていることです。 また、 今、 抗加齢 (アンチエイジング) の分野が元気がよく、 医学的に効果が証明されていないものが多いのですが、 そういうところで患者負担を増やしつつ、 健康保険料からの医療費への支出は“脅し”で抑制しています。

阿部 厚労省が国民の税金や保険料をもって支出する分はどんどん減らし、 患者さんの自己負担も含めて、 他の新しい分野における負担も含めて増加させていく対策に大きく舵を切っているということですね。 高齢化社会の不安を反映していることもあって健康食品や健康治療ブームが起きていますから、 それを見越しての政策誘導なのでしょう。

平尾 もう一つ言っておきたいのは、 医療費が上がるから負担を増やそうというのは誰にでもできることであって、 手法を工夫して医療費を上げず、 しかも患者負担は少なくするということのために日夜苦悩するのが政治家や官僚であるはずです。 せっかく勉強して、 優秀な成績をとって厚労省に入って、 医療費が増えたから負担も増やすだけの議論しかできないのかなぁと不思議に思います。

 

  国は国民皆保険制度の崩壊を待つ!?
 
阿部 国民健康保険制度が破綻寸前という深刻な状況からの教訓も生かされていません。 健康保険制度も大企業で働く人たちは組合健康保険、 中小企業で働く人は政府管掌健康保険、 残った高齢者や失業者や非正規雇用という経済的弱者がみな国民健康保険に入っているため、 弱い集団が共助の仕組みを作っても共助として成り立たないのです。 その結果、 450万人が保険証を失ってしまうような国保の状況があります。 平尾先生は、 国民健康保険制度の空洞化について、 どう考えられますか。

平尾 今のままでは将来の見通しもよくないということで、 国民健康保険料を払わない人がどんどん増えていくと私は思います。 払っている人の金だけで国民健康保険を運営していかなければならないので、 結局、 支払う金額を上げなくてはいけません。 どんどん悪循環に入っていますが、 これは、 国の負担金を減らしていることも要因だと思います。 医療費の中味を適正化、 合理的すればいいことなのですが。

阿部 「大綱」 には国民皆保険制度は維持すると書いてありますが、 厚労省の官僚には、 このままでは維持できない現状が見えていないのでしょうか。

平尾 厚労省の官僚は、 本当は危機意識はあるのだけれど、 国からすでに既定の路線が渡されているから危機感を表明できないのだと私は思います。 国は、 国民皆保険が壊れることを待っているわけです。 でも、 厚労省も国民皆保険をつぶすとは言えないから維持すると言っているだけ。 危機意識はあっても危機状態だという表現をしないということは、 いまの自民党政治の下ではそうせざるを得ないからでしょう。

阿部 だとしたら、 厚労省の官僚は一枚も二枚も上手です(笑)。 ところで、 今度の医療制度改革では、 高齢者の窓口負担増も顕著です。 70歳未満は3割、 70~74歳は2割と負担が増します。 75歳以上も全員保険料を払う高齢者医療保険を創設することになりました。

平尾 これまで自己負担が1割だった人が2割になったことで、 「先生、 検査を控えてくれ」 「薬をもう少し減らせないか」 と言われています。 私はそんなに余分な検査をしているわけではないし、 余分な薬を出しているわけでもないから、 それはできないというのですが、 長期処方が認められるようになったため、 診察料だけでも浮かせようという長期処方の患者さんが非常に増えています。

 

  2025年には 予防医療の充実で薬の使用が半減する。 保健所の活用を
 
阿部  医療費の単なる抑制でなく、 医療費適正化に向けた解決策をどう考えられますか。

平尾 まず、 予防医療の充実が有効です。 厚労省も指摘しているように今後、 糖尿病を中心にした生活習慣病の医療費が相当膨らんできます。 ただし、 1985年に私が示した調査結果では、 適切な健康教育を実施すると、 糖尿病の薬を服用している人の半数は薬が不要になり、 服用を続ける人の半数も、 薬の量が半減することが分かっています。 そうやって浮いた薬品代だけで、 健康教育は何百回、 何千回とできるのです。 しかし、 今の健康教育は中途半端です。 今まで保健所を中心にせっかく丁寧な健康教育を実施してきたのに、 今ではほとんど行われなくなりました。 挙げ句の果てに民間委託しようとしています。 何を考えているのでしょうか。 民間委託をすれば、 書類さえ揃っていれば金が下りてくるわけですから、 健康教育はさらに形式的に済ませるようになるでしょう。

阿部 少子高齢化社会に向かうなかで医療費がある程度伸びていくのは当たり前のことです。 ただ、 過剰な医療は見直しながら、 必要なときに必要な医療を受ける仕組みにどう転換していくかが重要です。 その前提には医療制度改革に国民の参加、 そして現状についての正しい認識が必要不可欠です。 自分の命の主人公は自分自身、 国や厚労省任せでは、 納得も満足も得られませんね。

 



(「阿部とも子News ともことかえる通信No.22」(2006年1月号)に掲載)