光石忠敬さんと語る
 

~ 臓器移植法改正 ~

 
光石 忠敬(みついし・ただひろ)さん
弁護士。1943年東京生まれ。1967年、東京大学法学部卒業。1969年、弁護士登録(第二東京弁護士会所属)。1970年~71年、昭和大学教養学部講師(法学概論)。1976年、日本弁護士連合会人権擁護委員会第4部会(特別委属)委員。医学、医療、生命倫理に関わる諸問題の研究、調査を担当。1990年に設置された臨時脳死及び臓器移植調査会(脳死臨調)参与。
 

 

 【対 談】臓器移植法改正
 
臓器移植法の改正案二案が、与党の議員立法として先の通常国会に提出され継続審議になりました。 自民党の河野太郎・中山太郎議員たちは本人が否と表示をしておかない限り臓器摘出を可能にする改正A案、公明党の 斉藤鉄夫議員たちは臓器提供の意思表示が可能な年齢を現行の15歳以上から12歳以上に引き下げるB案で、 どちらも脳死からの臓器提供を増やすための案です。臨時国会の焦点となるやも知れない臓器移植法改正について、 弁護士の光石忠敬さん(元脳死臨調参与)と話し合いました。光石さんは現行の脳死移植を少しでも是正しようと、 私を含む超党派議員と一緒に改正案を準備中です。
 他者の利益のため 人の死を前倒しする改正案
 
阿部 私は医師として脳死は医学的に死ではないという確信があり、 臓器摘出のために人を死んだことにして臓器をとるのはおかしいと、 1980年代初めからずっと反対の運動をしてきました。 90年に設置された脳死臨調の参与だった光石さんは、 今の法改正の流れをどうご覧になりますか。

光石 私は、 人の死の定義が臓器を利用するという都合に左右されるなんてとんでもないと思います。 脳死臨調は、 92年に脳死を人の死と認め、 脳死からの臓器移植を可とする最終答申を出しましたが、 脳死は人の死ではなく本人の意思を最も尊重すべしとの少数意見を載せることができました。
 現行の臓器移植法は、 一律に脳死は人の死だとは規定していません。 しかし、 改正A案は、 脳死を一律に人の死としています。 他者の利益のために人の死を前倒しにする考え方は、 尊厳死の法制化を考える国会議員連盟 (中山太郎会長) が昨年11月に公表した尊厳死の法制化に関する要綱骨子案にも通底しています
。  親に対してすら 「とにかく生きてて欲しいと言って」 とねだることができなかった、 という人工呼吸器を付けた重篤な状態から回復した10代の手紙を読んだことがありますが、 人工呼吸器につながれた患者は、 社会的な最弱者といっていい。 改正A案も、 尊厳死法要綱骨子案も、 生きている社会的最弱者を法律によって死なせ、 身体を利用できるようにする、 という人間の尊厳に反するもので、 日本社会が暴走を始める引き金になると危惧しています。

 

 尊厳死を認める前に 医療現場を変えるべき
 
阿部 昨今の国会では、 不安だらけの年金改革法、 利用者不在の介護保険制度改革法、 重度障害者の食事や排泄の介助にも応益負担を求め、 障害者の自立を阻害する障害者自立支援法など、 小さな政府を掲げ、 人の生活を切り捨て切り刻む法律が次々成立しています。 一方、 議員は、 小選挙区制の下、 選挙区で顔を売ることや、 メディアを利用した人気取りに熱心な人が多い。
 本質的な議論はせずに走り抜けるだけの最近の国会で、 臓器移植法改正や尊厳死法など、 どこまで本質的な議論ができるか、 私は強い危機感を持っています。 現状でも臓器移植を前提にした脳死判定手続きのずさんさ、 死を早める臓器保存措置の問題など枚挙に暇がありません。
 また、そもそも、尊厳死への共感を生む要因の半分以上は、 医療を行う側にあります。 医療現場であまりに人間が大切にされないので、 患者さんもこんな姿になってまで生きていたくないと思ってしまう。 尊厳死を認めるより、 過密ダイヤのようななかで人がぞんざいに扱われる医療環境を改めることが先でしょう。

光石 そうですね。 また、 臓器移植や尊厳死で前提とされる自己決定の多くは錯誤に基づいています。 尊厳死の前提となる末期状態や脳死の判断は、 極めてずさんです。 1991年にハワイで27歳の日本人女性が交通事故に遭い、 頭部を強打して昏睡状態になり、 医師から1人で20人の患者が助かるから全臓器を提供してほしいと言われたことがありました。 家族は臓器摘出に同意せず、 全力で治療してほしいと希望して、 延命措置をして日本に連れて帰ったら無事に回復したという例もあります。

 

 科学的根拠のない法律は 悲惨な事態をもたらす
 
 脳死状態になったら、 数日で死亡するというのは誤りで、 アメリカの医学界ですら脳死を死とする科学的根拠がないことは認めています。 科学的根拠がない法律を作ることがいかに悲惨な事態をもたらすか、 ハンセン病の人たちへ隔離・堕胎・断種を強制したらい予防法制を見ても明らかです。

阿部 脳死患者からの臓器取り放題を可能にする流れに歯止めをかけようと超党派の国会議員と光石さんとで、 脳死の定義や脳死判定の手続きを厳密化する改正案を作り、 臨時国会に提出しようと準備中です。

光石 脳死といえばたいていの人は、 脳が死んでいる状態だと思っていますが、 現行の臓器移植法では、 もっと前倒しの定義をしています。 私たちの改正案では、 脳死の定義を 「脳全体の総ての機能が途絶している」 という人々の常識に合わせます。 また、 日本では家族間の生体肝移植が多いという傾向があり、 ほぼ野放しで行われているため、 弱い立場の人が家族内の圧力に負けて臓器を提供することのないよう、 最低限のルールを定めます。  子どもの臓器提供には、 大人とは別のルールが必要です。 親はどこまで代行判断が可能なのか、 どのような状態になったら脳が死んだと評価できるのか、 科学的にも法的にも倫理的にも検討が足りません。 マスコミは“絵になる”話題として、 海外で臓器移植を受けに行く子どもやその家族を取り上げます。 しかし、 臓器を提供しようとする子どもやその家族の実態は伝えません。 安易に臓器提供の年齢を引き下げることなく、 第二の脳死臨調を作るなどして徹底的に議論すべきです。

 

 国を愛し臓器を提供するいい子という価値観が植え付けられる
 
阿部 小児科医としては、 B案と呼ばれる、 12歳の子どもからの臓器移植を可能にする斎藤鉄夫議員たちの案にも不安を覚えます。 折しも、 国を愛することを法律で定める教育基本法改正を公言する安倍晋三さんが総理になり、 子どもの心が鋳型にはめられようとしています。 日頃の思春期外来の中で、 無条件に愛されることで醸成される生命の尊重、 人への信頼、 自分を大事にする気持ちが揺らいでいる子どもに出会います。 そんななか、 子どもを扇情的にし国を愛するいい子という価値観と連動し、 臓器を提供するいい子という価値観が植え付けられることが心配です。
 誰もが一人に一つの命を全うし穏やかな生と死を実現できるよう、 今国会も頑張ります。

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(「阿部とも子News ともことかえる通信No.25」(2006年10月号)に掲載)