関根秀一郎さんと語る
 

~ 若者の労働運動 ~

 
関根 秀一郎(せきね・しゅういちろう)さん
1964年、 東京生まれ。
中央大学付属高校卒業。 岩手大学中退。
労働関係の専門誌編集記者時代に東京ユニオンに加入。
労働運動に関わる。 1994年から東京ユニオン専従スタッフ。 東京ユニオン書記長、 執行委員長などを歴任。 2005年に派遣ユニオンを結成。 現在は、 派遣ユニオン書記長、 NPO派遣労働ネットワーク事務局次長。 派遣労働者、 パート、 契約社員など非正規労働者の相談活動、 権利向上、 組合づくりに取り組んでいる。

 

 ■もっとまともな仕事をよこせ 立ち上がった若者たち
 
今、 日本で働く人の3人に1人は非正規雇用。 なかでも低賃金で雇用が不安定な上、 不当な天引きなど違法状態がまん延し、 ワーキングプアの温床といわれるのが日雇い派遣です。 この実態を明らかにし、 是正させてきたのが、 2006年以降、 次々結成されてきた日雇い派遣ユニオンです。 自ら日雇い派遣会社に登録し、 実際の労働実態を調べながら次々とユニオンを結成している派遣ユニオンの関根さんと若者の労働運動についてお話しました。
 ■生存と表裏一体の 労働運動
 
阿部 若い世代の労働問題に果敢に取り組んでいる、 私よりずっとずっと若い関根さんにお話を伺えることをとても嬉しく思います。
 社民党は、 歴史的には平和や護憲の政党としての役割を果たしてきました。 今も戦争経験のある世代にはそれなりに支持をいただいていますが、 労働、 医療、 福祉などで命を軽んじる風潮がまん延しているなか、 もっと若い世代に支持してもらうのが党の大切な課題だと考えています。
 私は小児科医師で、 議員になったきっかけも97年に起きた神戸の児童殺傷事件でした。 子どもが子どもを殺したこと、 子どもにとって思い出深い場所であるはずの学校の正門に少年の遺体を置いたことがショックでした。 社会のしわ寄せを子どもに順送りし、 子どもの根っこがどこに行ってしまうか分からない事態に、 政治が答えを出さないととんでもない社会になると直感したのです。
 実際にそんな流れは進んでしまっていますが、 一貫して非正規労働者の問題にかかわり、 この10年、 声なき声に押し込められてきた若い人たちの労働や生活を一緒になんとかしようと取り組んでいるご活動が、 私には興味深く、 すごい、 やったという感じています。 そもそも関根さんが労働運動――というより生存運動なのでしょうね――にかかわったきっかけはどんなことですか。

関根 今、 私たちが取り組んでいる労働運動は、 確かに生存と密着したものという感覚があります。 私自身は、 一人ひとりがひどい目にあわない社会をつくるにはどうしたらいいかを考えたとき、 誰でも働いて生きているわけですから、 働く場での差別をなくすのが近道だと考えてこの世界に飛び込みました。
 学生時代は、 大学にはほとんど行かず、 ジャズ喫茶に入り浸っていました。 ジャズ喫茶が私にとっての寺子屋のようなもので、 マスターやお客さんにジャズは黒人差別を跳ね返す力として生まれてきたんだ、 ということから社会のなかで起きている問題について教えてもらい、 労働問題に関心を持ちました。
 5年で大学をやめて東京に戻って、 しばらくはフリーターをしながらジャーナリズムの道に進もうと思って、 日雇いで引っ越しのアルバイトなどをしていたのですが、 仕事にあぶれるとすぐに生活が立ちゆかなくなります。 どうしようかと求人誌をめくっているときに、 労働関係の専門誌の編集記者の募集が目に付きました。 その会社に個人加盟の東京ユニオンの支部があり、 組合活動をするようになったのがきっかけです。
 

 

 ■日雇い派遣で働く若者が 立ち上がることができたのは
 
阿部 働く人の感じる差別は、 給料の額もそうでしょうし、 例えば日々の食事の場面で正社員ならなにがしかの割引がある食堂を非正規雇用だと使えないとか、 割引がないといったことで疎外感を感じるということもあるでしょう。 非正規雇用の労働運動は、 なんで差別されなければいけないんだ、 という思いが根底にあるようですね。
 私たちも学生の当時、 山谷の炊き出しに参加して、 おこがましいことに自分たちは学生で恵まれた身分だからと自己否定して、 世の中の困っている人のために働かなければならないと考えていました。 今もそういう信念を持って差別される側に立つ仲間もいますから、 私が日和見だっただけかもしれないのですが、 どこか差別と自分は別の場所にあるような感覚がありました。 そういう運動だったから負けたのだとも思うのです。 関根さんたちは、 自分も日雇い派遣で働いて、 その不当さを変えようと取り組んでいることに敬服します。

関根 労働運動の一部の指導者たちと違って、 私たち派遣ユニオンをはじめ非正規・若者の労働運動の中心を担って活動している連中は文字取りのワーキングプアですよ (笑)。

阿部人は差別され続けると、 諦めるか、 無関心になるか、 自分の価値をおとしめてしまいがちですが、 日雇い派遣で働く人たちが立ち上がることができたのはなぜでしょう。

関根 グッドウィルユニオンで、 一稼働毎に不当に200円ずつ天引きされていたデータ装備費を取り返そうと呼びかけたら、 あっという間に150人の組合員が集まりました。 ひどい目にあい続けているから、 恐れるものがない状況に追い込まれている人が相当いて、 日雇い派遣ユニオン結成の流れにつながってきた、 という印象を持っています。
 今回は、 データ装備費が一つの象徴になったのでしょう。 ただし、 彼らはデータ装備費だけが問題だとは思っていません。 生活もできないような賃金で、 ひどい働き方をさせられている怒りを象徴たるデータ装備費200円に込めて 「もっとまともな仕事をよこせ」 と、 ワーキングプアの逆襲を始めているのです。

阿部巷では、 若い世代の政治離れが指摘されています。 真偽の程は分かりませんが、 小泉元首相を支持したのは非正規雇用の若い人たちだと、 したり顔に分析する評論者もいます。 若い人と政治はどうつながりあえるのか、 社民党へのアドバイスをお願いします。
 

 

 ■若い人たちに社会を変えられるという 確信をもってもらいたい
 
関根若い人が政治離れをしている最大の原因は、 社会を変えていく確信が持てないからではないでしょうか。 自分たちでは自分の状況を変えられない、 だったら社会がメチャクチャになってリセットされればいいという意見もでるほどです。
 小泉元首相が人気を博したのは、 変えていけるという錯覚を与えたから。 政党は、 変えていける、 というメッセージを出して、 実際に変えられるという感触、 確信を持ってもらえばいいと思うんです。
 日雇い派遣をめぐる問題は、 一連の闘いの結果、 派遣法を抜本改正しようという流れにつながりました。 裁判でデータ装備費を取り返し、 実際に物事が変わることを見ていくなかで若い人が変えていけるんだという感触なり自信を持ってもらえたらいいなと思っています。 差別される側、 弱い立場の人たちはなかなか声を上げられないという構図があります。 社民党にはそういう声を代弁することを期待したいです。

阿部 阿部 苦しいときに手を伸ばせば誰かの手に触れるかもしれない、 それが、 私たちの世代の楽天的な解決方法でした。 若い人たちが、 仲間はいる、 物事は変えられると思えるように社民党も一層がんばります。





(「阿部とも子News ともことかえる通信No.30」(2008年1月号)に掲載)