宇都宮健児さんと語る
 

~ 日本の貧困問題 ~

 
宇都宮 健児(うつのみや・けんじ)さん
うつのみや・けんじ 1946年、 愛媛県生まれ。 弁護士、 反貧困ネットワーク代表、 内閣設置の多重債務者対策本部有識者会議委員、 日弁連多重債務対策本部本部長代行、 全国クレジット・サラ金問題対策協議会副代表幹事、 高金利引き下げ全国連絡会代表幹事ほかを兼任。 著書に 『サラ金地獄からの脱出法』 (自由国民社)、 『消費者金融―実態と救済』 (岩波書店) ほか。

 

 【対 談】貧困問題を政治課題の正面に生存の危機乗り切ろう
 
アメリカの金融危機に端を発した不況が、 日本を覆い、 バブル崩壊後、 顕著になった格差・貧困の問題は、 より深刻の度を増しています。 そのなかで、 貧困問題に取組む市民団体や労働組合のメンバー、 法律家、 学者などから成る反貧困ネットワークのような新しい取り組みも始まっています。 反貧困ネットの代表で弁護士の宇都宮さんと、 構造的な 「貧困」 の実態と解決に向けた課題を話し合いました。
 
阿部
宇都宮さんが、 弁護士になってクレジット・サラ金問題、 さらには貧困問題に取り組むようになったきっかけは。
 ■弁護士になって貧しい人の役に立ちたいと思ったものの■
 
宇都宮
 私の生まれは愛媛県の半農半漁の村です。 父は、 戦争で足を負傷した傷痍軍人でした。 終戦後、 田舎に戻り、 夏の間は伝馬船に乗って魚を釣り、 それ以外は畑を借りて芋を作っていたのですが、 食べていけず、 私が小学校3年生のときに大分県の国東半島に開拓入植しました。
 私は、 野球選手になって、 苦労している両親に楽をさせたかったのですが、 体格の問題もあり挫折します。 では勉強を頑張って金持ちになろうと、 東京の大学に進学しました。 ちょうど学生運動が活発な時期で、 寮の仲間と議論するなかで、 貧しいのは自分の家だけではない、 弁護士になって同じように貧しい人の役に立とうと考えるようになりました。
 猛勉強をして1971年に弁護士になったのはいいのですが、 弁護士というのは営業能力がないと収入が得られないんです。 司法研修所を出た弁護士は、 たいてい弁護士事務所に入って、 給料をもらいつつ仕事を覚え顧客を得て独立します。 業界では、 勤務弁護士のことを、 「イソ弁」 といいます。 ちなみに、 雇っている方は 「ボス弁」 です。
「イソ弁」 生活を3年から5年くらいして独立するのですが、 私は、 社交性がなくて人脈を広げられずなかなか独立できないでいたら、 7年目に 「ボス弁」 から、 「ずいぶん長いね」 と肩たたきされました。 もう1年いさせてくれ、 とねばって頑張ったものの独立できず、 結局、 次の 「イソ弁」 の口を探すことになりました。
 
 ■サラ金の過酷な取り立てに苦しむ被害者との出会い■
 
○ 弁護士会に勤務弁護士を求めている事務所のリストを見せてもらいに行った1979年当時、 サラ金の高金利、 過剰貸し付け、 過酷な取り立てによる自殺や夜逃げが社会問題になっていました。 弁護士会にも被害者が押し寄せていたのですが、 まだ、 専門の窓口もなく、 受ける弁護士もいませんでした。
 そこで、 弁護士会の職員が、 田舎から出てきて8年経っても独立できない、 人のよさそうな弁護士がいると思って、 ぼくに事件を回すようになったんです。 まだサラ金事件の処理方法が確立されていなかったので、 見よう見まねで、 事件を処理しました。 それがサラ金事件との出会いです。
 相談者は、 過酷な取り立てに苦しんで、 やせ細ってのど仏が突き出て、 目は充血して、 明日にも倒れそうでした。 なかには手首を切ったり、 睡眠薬自殺をはかった人もいます。 ところが、 弁護士がつくと取り立てがやわらいで、 2、 3週間後に会うと頬に赤みがさして、 夜逃げしなくてすんだとか、 家族で正月が迎えられると感謝されるんです。 私もやりがいを感じました。 そのうち、 サラ金被害の相談者が大勢くるようになって、 二つめに勤務した事務所と軋轢を生じたため、 弁護士になって13年目に独立しました。
 その後、 1983年にサラ金業者の取り立てを規制する貸金業規制法や上限金利を引き下げた出資法改正法などを制定させたものの、 貸金業規制法により銀行によるサラ金業者への資金融資が解禁されるなかで業界が拡大し、 バブル崩壊後、 クレジットカードのキャッシングも広がりました。
 
 ■サラ金問題は貧困問題だった!連携が広がり反貧困ネット発足へ■
 
○  90年代以降、 非正規雇用が増加し低所得者が拡大するなかでサラ金の利用者が増えたのです。 自己破産者の4割は生活保護水準以下の収入で、 破産した労働者の6割以上は非正規雇用です。 しかし、 生活保護は水際作戦 (福祉事務所の窓口で生活保護申請をさせないこと) により受給が制限されています。

阿部
 日本の貧困の拡大、 セーフティネットの弱さがサラ金を拡大したのですね。

宇都宮
 ただし、 同じ資本主義国でもドイツやフランスでは、 高利は犯罪。 サラ金もヤミ金もありません。 銀行が低利で融資していて、 融資できない層に対しては手厚いセーフティネットが確立しています。
 今や年収200万円未満の人が1000万人を超え、 貯蓄ゼロ世帯が22%を超えています。 私たちは、 いくら借金を整理しても、 貧困問題に取り組まないとサラ金被害者の生活再生支援もできず、 再びヤミ金の被害に遭ってしまうことがわかり、 2000年頃から貧困問題に取り組む人たちと連携するようになりました。 2007年3月には、 ホームレス、 シングルマザー、 障害者・病者、 多重債務者などの支援団体、 女性やフリーターや派遣労働者の労働組合などが集まって、 貧困問題を考える集会を開き、 そこから反貧困ネットが生まれました。

阿部
 社民党も非正規雇用激増が格差と社会保障の危機の要因と捉えています。 今、 雇用対策について何が重要だと思われますか。
 
 ■当事者がほっとして居られる場所を一カ所でも多く作りたい■
 
宇都宮
普通に働けば人間らしい生活ができるようにしなければなりません。 非正規の拡大は労働者派遣法の規制緩和によるところが大きいので、 規制強化が必要です。 最低賃金は生活保護水準以上にしなければなりませんし、 同じ仕事をしている人には、 雇用形態を問わず同じ待遇を保障すべきです。
 ドイツでは法律のなかに均等待遇の原則を入れていますが、 日本では、 派遣労働者は何年働いても昇級せず、 都合が悪くなったら道具を取り替えるように使い捨てられます。 寮に住んで工場などで働いている派遣労働者は、 契約を解除されると、 野宿状態に陥ります。 住宅の確保は、 この冬の緊急の課題です。

阿部
今、 大量に解雇されている派遣労働者は、 比較的若い世代も多く、 かつての寄せ場労働者よりも更に孤立しています。

宇都宮
サラ金問題や派遣切りの相談を受けていると、 経済的な貧困だけでなく、 関係の貧困のなかでひとりぼっちの人が多いと感じます。 孤立して問題を抱えた人が再起して社会に出るのを支援する場所、 何よりほっとして居られる場所を全国に何百カ所も作らなければなりません。 東京の反貧困ネットも各地の反貧困ネットと横のつながりを保って、 ネットワークを作っていきたいです。

阿部
 私も、 この雇用と生存の危機に、 バラマキではなく、 派遣法の規制など、 政治が、 社会の仕組みを変えられるよう頑張ります。





(「阿部とも子News ともことかえる通信No.33」に掲載)