浅井春夫さんと語る
 

~ 日本の子ども政策 ~

 
浅井春夫(あさい・はるお)さん
1951年、京都生まれ。立教大学コミュニティ福祉学部教員。児童福祉論、セクソロジーが専門。東京の児童養護施設で12年間、児童指導員として勤務を経て、現職に。“人間と性”教育研究協議会代表幹事。『子ども白書』『子どもの貧困白書』編集委員など幅広く活動。著書に『社会保障・保育は「子どもの貧困」にどう応えるか』(自治体研究社)ほか多数。

 

 【対 談】子育てにお金がかからない社会に手当バラマキに終わらせない
 
3月12日、衆議院厚生労働委員会で「子ども手当法案」が新政権発足後はじめて強行採決されました。「私たちの未来である子どもの育ちを社会全体で支える」という趣旨の法案で、そもそも与野党の対立になるようなものではないはずです。しかしこれを「参議院選挙目当てのバラマキ法案」と批判してきた野党自民党の対応は冒頭から対決的で、一方、守勢の与党民主党も法案としての矛盾に正面から答弁しようとする姿勢に乏しかったといえます。そんな子ども手当を切り口に、あるべき子ども政策について児童福祉論が専門の浅井春夫さんと語り合いました。

阿部
 先日、衆議院で子ども手当法案が「強行採決」されました。無事成立したのはよかったのですが、手放しでは喜べない理由がいくつかあります。
 ■バラマキだけではなく子どものための施策にも配分を■
 
  まず、子どものための施策を政争の具にしてしまったこと。また、子ども政策としては未熟で、バラマキだと批判されたときに、十分言い返すことができないことです。  来年度から子ども1人あたり毎月2万6千円(今年度は1万3千円)、総計5兆4千億円の予算が支出される予定ですが、これは、本当に子どものためになるように使った方がいいのではないでしょうか。浅井先生は、この間の国会状況をどう見ていらっしゃいますか。

浅井
 子ども手当が政争の具になっていることに対する民主党への失望感を国民は肌で感じていると思います。OECDも子ども手当は、その目的と対象を再検討すべきであると日本に提言しています。5兆4千億円は、全額を子ども手当に充てるだけでなく、子どものための施策にどう配分するかを国会で議論してほしいと思います。

阿部
 親御さんにお金を渡すのは、ある意味簡単です。一方、実際に子どもに関する問題を解決しようとすると苦労をして政策を作る必要があります。
 典型は保育所の待機児童の問題です。私の地元、藤沢市では、潜在的待機児童が去年の4月段階で402人でしたが、今年はその1.7倍に上っています。子ども手当を配っただけでは、こういった問題は残ったままです。

浅井
  子ども政策は、子どもの今の暮らしを守ることが第一の目的です。その目的のために、現金給付と現物給付をどう組み合わせて最も有効に使うかを考えるべきです。
 子ども手当は、2人子どもがいれば、今年度で31万2千円、11年度で年間62万4千円になります。この10年間で子育て家庭は、平均で年間75万円収入減になっています。この減額分に補填される可能性が高く、こどもにまわるのかという不安があります。
 
 ■待機児童解消は最優先課題 ひとり親家庭への配慮も必要■
 
阿部
 子ども手当で、子育て家庭の相対的貧困率を引き下げることになり、数値は改善するけれど、中身は改善しません。最初に着手すべき子ども政策は何だとお考えですか。

浅井
 私は、保育所や学童保育の現物給付を行うことだと考えます。勤労者の子どもが保育所に入所できないだけではなく、入所基準が点数制になって入所の優先順位が付けられるため、ひとり親家庭の親御さんは働きにくい。子どもの貧困を地域で是正し、子育て支援の柱になるのが保育所です。最優先すべき課題です。

阿部
 ひとり親家庭は非正規雇用で働く方が多いので、点数制だと点数が少なくなってしまうのですね。正社員で産休も育休もしっかり取れる人は保育所に入れやすいけれど、雇用が不安定で短い期間に仕事を変わっている人や非正規雇用の人は入りにくいという問題があります。この間、藤沢でお話を聞いたお母さんはお子さんを無認可の保育所に入れていて、月に9万円かかるそうです。
 子ども手当の一方で、「子ども・子育てビジョン」が出ました。どうご覧になりますか。

浅井
 新しい政権になって、変わった!という感触を持ったのがこのビジョンです。この政策文書は、性教育やジェンダー平等にも言及し、保育所の数値目標も出し、社民党の方たちも含めて我々の願いを反映していると感じています。あとは財政保障の具体化です。

阿部
  子ども手当は現物給付とバランスで政策的な知恵が必要だし、国会の審議を見ていると子ども手当の主人公は誰なのかが見えなくなっていると感じます。つまり、児童手当と違い、権利主体は子どもで、子どもの権利に則った給付という点が見えにくいのです。
 
 ■子どもの権利に則った給付に児童養護施設では本人の貯蓄に■
 
 例えば、今は、児童養護施設にいる子どもの8割に親御さんがいるのですが、親権を持ったまま子どもを児童養護施設に預けている場合、子ども手当は親御さんのほうにいってしまいます。
 私は、長年小児科医をしていて、児童養護施設にもよく行っていました。そこで出会った子どもたちのことを振り返っても、子ども手当は、イギリスのチャイルドトラストのように、子どもたちが施設を出るときまで貯めて、持って行けるようにしたいです。
 児童養護施設から社会に出るときに、親の助けを得られない子が多く、高校も大学も借金しながら行く子もいます。逆に15歳で働けるようになると迎えにくる親もいます。

浅井
 まったく同感です。私は児童養護施設に勤めていたのですが、子どもを権利の主体として位置づけて子どもに施策が届くように考えなければならないと強く思います。
 子ども手当については、児童養護施設にいる子どもについては、施設を出るときまで使えないという限定をつけていいですし、チャイルドトラストのような仕組みを創設して子どもに対して出すべきです。親に出すのは選挙対策と受け取られても仕方ないでしょう。

阿部
 障害の重い子を受け持つ小児神経科を担当していて、この子どもは社会を優しくするために神様が与えてくれたんだと感じてきました。今の社会には足りないものを教えてくれる存在です。
 
 ■子どもの命に格差を作らない保育分野の人材育成にも尽力したい■
 
 さて、人間形成のスタートである保育を政策化するときのポイントを教えてください。

浅井
 OECDは、「0、1、2歳の保育料無料化の推進」という提言を出しています。世界的にはそういう議論があるということをまず知ってほしいです。  保育には量的な待機児童の問題と、質の問題があります。質といえば、4、5歳の子ども30人を保育士1人で対応するという状況は60年間も変わっていません。これを何とか変えてほしいです。現在、無認可保育所に23万人の子どもたちが通っていて、さらに増えると予想されています。無認可保育所の人数比率を認可保育所と合わせると、認可保育所で亡くなっている子どもの23倍の子どもが無認可保育所で亡くなっている現実があります。こんな命の格差を放置してはいけません。  保育に格差を付けないために所得によって負担感が増すことがないようにしなければなりません。私たちは子育てにはお金がかかるという発想に侵されていますが、フランスでは「教育費」という概念が思い浮かばないと聞きました。フランスは3人っ子政策で、出生率も上がっています。教育費という概念がない状態を目指していきたいです。

阿部
 子どものときに、どんなふうに遇されたか、どんなふうに愛されたかで、大人になってからの愛する力も変わってきます。そのためにも、保育分野の人材を育成していきたいです。ぜひ、バックアップをお願いします。





(「阿部とも子News ともことかえる通信No.37」に掲載)