樋口恵子さんと語る
 

~ 少子高齢化社会のこれから ~

 
樋口恵子(ひぐち・けいこ)さん
 1932年東京都生まれ。東京大学文学部美学美術史学科卒業。時事通信社、学研、キヤノンを経て評論活動に入る。東京家政大学名誉教授。NPO法人「高齢社会をよくする女性の会」理事長。近著に『女一生の働き方―貧乏ばあさん(BB)から働くハッピーばあさん(HB)へ』。
 

 

 【対 談】少子高齢化社会のこれから
 
 阿部とも子が議員になって10年。この対談にも様々な方に登場いただきましたが、男性社会の反映か、対談相手に女性が少なかったと反省しています。とはいえ、地元で阿部とも子を支えてくださっているのは、93歳の後援会長をはじめ、人生の先輩にあたる女性たち。そこで、女性の老後に関するご本で「ハッピーばあさん」を目指そうと呼びかけておられる、78歳の樋口さんと少子高齢化社会のこれからについて語り合いました。
 
 ■少子高齢化は第三の黒船 「ケア」媒介に日本社会を変えたい■
 
阿部
 樋口さんが出されたご本『女一生の働き方―貧乏ばあさん(BB)から働くハッピーばあさん(HB)へ』では、日本の女性は、他の先進国に比べて就業率が低く、結婚すれば育児や介護などの家庭責任を担うため雇用は細切れであること、働いていてもパートなどの割合が高いことから、年金をはじめとする社会保障につながりにくく、高齢女性に「貧乏ばあさん」が多いと指摘されています。
 
 ■高齢化社会は平和の配当 前向きにとらえたい■
 
阿部
  老いを迎える女性が置かれた状況は、地元の支援者の方たちにとっても関わりの深い問題です。私を支えてくれているのは、地元の女性たちで、93歳の後援会長をはじめ、戦争を生き抜いてきた人たちが、これまでの人生の経験をかけて応援してくれています。

樋口
 長寿は平和の所産です。日本では、平均寿命が1945年には男性二十歳代、女性三十歳代という戦争の傷跡がまざまざと記された時期。やがて高度経済成長のもと一億総中流なんて幸せなことが言えた時代を経て、先進国ではアメリカに次ぐ格差のある国になりましたが、飢えて死ぬ人はほとんどいません。今の政治には身体性というか命の生生しさが欠けていると思います。若くして戦争で死んだ人の思いを生き残った私たちの肉体から離すまいと思っています。

阿部
 「高齢社会をよくする女性の会」では、高齢化社会を平和の配当と前向きにとらえ、よくしていこうと取り組んでおられますね。

樋口
 もう28年続けています。今回29回目の大会を開いて、戦後65年、戦火のなかで生まれた赤ちゃんが高齢者になったのを記念して「戦後65年 ここに平和を語る」というシンポジウムを大分で行い村山元総理も加わって下さいました。

阿部
 樋口さんは、日本の社会保障の変遷についてもわかりやすく分析しておられます。

樋口
 日本の社会保障はかつては家族保障、高度経済成長の下で手厚い会社保障になりました。ここで社会保障は主体性を失ったのです。確かに企業は役割を果たしたけれど、他の先進国ではサラリーマンでも確定申告をするのが当たり前です。今、終身雇用が前提ではなくなって新しい連帯の絆が問われる時代になりました。
 
 ■義務教育と社会保障が連帯の柱 ワーク・ライフ・ケア・バランスを■
 
樋口
 私は、あと100年先くらいは国民国家であることを否定しません。これからの国民のまとまりは何かと考えたときに、歴史伝統だという人も一部にいますが、私は、社会保障と義務教育が二大支柱だと思います。人間が生きる基盤を作る義務教育と社会保障は、未来の社会資源への投資。教育と社会保障は、個人ですると格差ができて効率が悪く、不幸な社会になってしまいます。

阿部
 ご本にもありますが、教育と保障の格差は、特に女性に顕著ですね。

樋口
 「人は女に生まれない、女になるのだ」と言ったボーヴォワールのひそみに倣えば「女は貧乏に生まれない、女を生きて貧乏になるのだ」ということです。

阿部
 長寿社会だから、元気に働き続けようというときも、男性のサラリーマンが定年後も働く定年延長というように、会社社会のなかで働くことばかりが注目されがちです。

樋口
 年を取ると女が貧乏に落とし込まれる構造と共通の問題です。これを変えていくために、社会保障を社会のコストと思わず未来の投資と捉える見方が必要です。ワーク・ライフ・バランスという言葉はようやく普及したので、これからは、ワーク・ライフ・ケア・バランスという言葉と考え方を広げたいです。子どものとき、病気のとき、そして老後と、人生のなかで、誰しも人の支えを必要とする時期はあるものです。子どもの保育、看病、介護、障害をもった人のケアも含めケアに予算を割いて、地域社会のなかでケアが循環する仕組みを作る必要があります。

阿部
 ワーク・ライフ・ケア・バランスをとるための先駆的な取り組みが介護保険だったはずですが、会社保障が行き詰まっているのに、利用者は介護保険も受け身で、サービス提供サイドの声ばかりが伝えられます。
 
 ■戦後の日本をだめにしたのは会社依存の福祉と性別役割分業の固定化■
 
樋口
 ワーク・ライフ・ケア・バランスを政治的に位置づけると福祉民主主義。享受する側が主体にならなければなりません。前政権も含めて福祉の提供についてはそれなりに一生懸命やってきましたが、欠けていたのはこの福祉民主主義であり介護民主主義。一人ひとりの市民の参画がすすまず、お任せのまま権力を持つ側が都合いいようにやってきました。
 戦後日本をだめにした戦後の経験が二つあります。高度経済成長で社会保障も会社に依存したことと、性別役割分業を固定化させたことです。第二次世界大戦が15年も続いたことで、男は外、女は内という性別役割分業がまるで戦時下同然に引き継がれてしまいました。私は戦争前も知っていますが、大正リベラリズムの流れをくむような一家団欒というものがありました。戦争の15年間で家庭では父親不在が当たり前になり、戦争が終わっても企業戦士の名のとおり家庭は男不在。戦前の修身教科書に親孝行な息子の話がでてきましたが、戦後あっという間に嫁が介護するのが当たり前となった。男女差別は戦争の後遺症もありますね。

阿部
 敗戦から65年。少子高齢化社会を媒介に民主主義を選び直す作業がこれから始まるのかもしれません。老いの問題は誰もが関わらざるをえませんから。

樋口
 私は、政治には失望することもあるけれど、人間には失望しません。日本は明治維新と第二次世界大戦の敗北という圧倒的な外圧や流血の大惨事によって、国のあり方が大きく変わる経験をしてきました。今、少子高齢化という第三の黒船が到来して、今回は外からの力で変わるのでなくて自分で変わる以外ないから難しいところもあります。

阿部
 小児科医として気になるのは、児童虐待の増加です。明治の初めに日本を訪れた外国人たちは、子どもが大事にされていると記録しています。大人が子どもと遊んでいる光景はヨーロッパでは珍しかったそうです。かつての日本にあった子どもを大事にする社会を取り戻すために、ケアを媒介に政治も社会も変えていきたいですね。

樋口
 私たち高齢者は、社会的祖父力・祖母力を発揮して、次の世代を育てていきたいです。昔話には、桃太郎やかぐや姫のように、じいさん、ばあさんが血縁のない幼い命を慈しんで育ててきた話がいくつもあります。日本には、命の循環を高齢者が支えるという認識があるのです。定年後の男性も不機嫌な顔をしないで、子育て力を発揮してほしい。社会もまた高齢者の居場所と出番を用意してほしい。
 私は、後期高齢者の一人として、過去を振り返りながら、未来に提言する責任があると考えています。もし23世紀に人類がいたら、21世紀のはじめ頃から世界は少しずつよくなりだしたと言われることを強く願います。人間は、これまで「人生50年」だったから戦争という同じ過ちを繰り返してきたのではないでしょうか。人生の締めくくりの年齢になってから戦争体験を語る人がいるように、人は苛酷な経験を語るには、50年近い時間が必要になることもあります。私たちは普遍的な長寿を得た初代として、生の息づかいとともに自分たちの経験や知恵を次の世代に伝えられるようになったといえます。

阿部
 人間には言葉を醸成する時間が必要なのですね。その意味で、高齢化社会というのは、人が生きることを学び合えるいい時代だと思います。私も先輩方の知恵を政治に活かしていきます。今日は有り難うございました。





(「阿部とも子News ともことかえる通信No.39」に掲載)