ボストンにジョン・ダワー氏を訪ねて
 
阿部とも子
 
※こちらの記事は対談を阿部とも子が報告したものになります
 

 

 Ⅰ.沖縄の声は平和へのビジョン
 
本年3月、「沖縄県内への新米軍基地建設に反対する」世界の識者と文化人による共同署名が発表され、その中に米国の著名な歴史学者、ジョン・ダワー氏の名前を発見して、急にダワー氏に会ってみたいと思いました。
 面識もなかったのですが、彼の書いた『敗北を抱きしめて』は、第二次世界大戦の敗北と米軍の占領統治下で必死に立ち上がろうとした日本の人々を見守る独特の視点や文章が心に残る私の大切な一冊でした。
 沖縄県の普天間飛行場に替わる新基地建設は、県民無視で辺野古への強権的移設が進められようとしています。在日米軍基地の70%以上を沖縄に押し付けておきながら、中国との対立が深まるなかで在日米軍基地を頼りに思う故なのか、沖縄以外の本土では沖縄の基地負担のことは忘れたかのように触れられない話題とすらなっています。
だから、ダワー氏はじめ多くの著名人があげた共同声明を、本土のメディアはほとんど問題にもしません。何かおかしい、ダワー氏は日本がまた道を誤ろうとしていると危惧しているのではないか、そんな予感を持って面会を申し入れました。
 
 Ⅱ.なぜ、反原発運動の先頭に立たないのか
 
 4月21日、ご自身が名誉教授を務めるMITで、ダワー氏は2時間余りも話をしてくれました。
 開口一番、彼は、「なぜ、日本は福島第一原発事故の後で脱原発に舵を切れないのか」「なぜ、東京の人々は、二人の元首相(細川、小泉両氏)の脱原発の訴えに応えないのか」「日本の技術力をもってすれば必ず脱原発は出来るのに」「被爆国日本が、福島事故を経験して非核のために果たす役割は大きいのに」と、とにかく失望したと矢継ぎ早に質問と意見を述べられました。
 反核運動を含め日本の平和運動を尊敬しているし、とりわけ女性の存在はこの分野でとても大切であることも繰り返し口にされ、日本の女性たちへの期待も伝わってくる親身なお話ぶりでした。その背景には、ダワー氏のご夫人が戦争を経験された日本女性で、米軍機の空襲などの恐怖を彼女からも聞いて共感していることもよく分かりました。
 
 Ⅲ.侵略の過去を反省出来ない日本
 
 安倍政権による日本の過去の侵略の否定や憲法改正問題なども憂慮しておられましたが、私がダワー氏の指摘の中であらためて学んだのは、日本はなぜ過去の侵略を反省する機会を逃してきたのか、ということに対しての指摘でした。
 日本にとって、韓国、中国などアジア諸国に対する反省と償いのチャンスは1965年の日韓条約、1972年の日中国交回復、1978年の日中平和友好条約などの都度あったはずなのに、ベトナム戦争や対ソ関係などで米国も韓国、中国も徹底してそれを求めなかったのではないか。そうであれば今こそ、日本は東アジアとの過去の関係に真剣に向き合って、謝罪して新しい信頼関係を築くチャンスを持ったはずである……ダワー氏の言葉を聞きながら、米国の一極支配が終わった今こそアジアの平和を米国そのものが強く望んでおり、日本がその大きな牽引力とならねばならないと強く思いました。
 
 Ⅳ.文化、教育、市民、平和運動あらゆるレベルの交流こそ
 
 ダワー氏はまた、この3ヶ月、久しぶりに日本を訪ねたことに触れながら、あらゆるレベルの交流の必要性を説かれました。
 各国でナショナリズムが台頭し、政治家が軍事化を進めようとする時に、一人ひとりの市民、とりわけ平和を愛する人々の力に今も期待していると繰り返し述べられる姿に、日本への深い愛情を見る思いがしました。
 勝者である米国は侵略戦争の反省に直面せずとも済んだこと、しかし敗者の日本は真正面からそれと向き合うことで、素晴らしい平和の担い手であれるはずだとする彼のメッセージを再確認し、私もそのために力を尽くしたいと気持ちを新たにしました。