3月8日、藤沢商工会館ミナパークにて、第35回憲法フォーラムを開催しました。
元外交官の田中均さんをお招きして「今後の日本外交が危ない!!」というテーマでご講演いただきました。
本記事では、講演内容詳細をお届けします。
自衛戦争と集団的安全保障
私が外務省で外交官として活動していた2005年まで36年間、外交官の基本的な仕事は、「リベラルな国際秩序」をいかに進めるか、ということでした。
リベラルな国際秩序を意味付けているのは、二つの大きな原則です。一つは、戦争は違法だということ、もう一つは自由貿易を拡大してグローバライゼーションを推進していくということ。ところが、いまこの二つとも崩れつつある。この点で、世界は大きく変わりました。
まず戦争の違法化について。国際社会は過去を反省し、第二次世界大戦後の80年間、戦争を違法化すべく、理論付け含め、多くの国々が外交努力を重ねてきました。その結果、作られたのが、「自衛戦争以外は違法」という国際体制です。
なお、合法的な場合は、自衛戦争以外に、もう一つ例外があります。それは、国連による集団的安全保障。国連の安保理で決議して、軍事行動を承認するというものです。戦後、これが行使されたのは、たとえば1950年の朝鮮戦争、それから1991年の湾岸戦争などがあります。湾岸戦争のときには、米国のジョージ・H・W・ブッシュ大統領が、「イラクによるクウェート侵略に対して同盟国として集団的自衛権を行使する」と国連安保理に制裁を提起し、決議された。ですから、米国が勝手にやったのではなく、あくまで安保理の決議に基づいて行動したのです。
これは、息子のジョージ・W・ブッシュ大統領がイラクに戦争を仕掛けた際も同様です。このとき、「安保理決議を取るべき」と強く主張したのが日本です。私はいまでも覚えているのですが、テキサス州にあるブッシュ大統領の牧場へ、当時の小泉首相が行って、こう切々と訴えたんです。「日本を見てくれ。江戸時代、権力は徳川将軍家が握っていたけれど、権威がなかった。権威は天皇家にしかない。同様に、あなたはいま、米国大統領という世界的な大きな力を持った立場にいるけれど、権威はない。権威を持っているのは唯一、国連の安保理だ。だから、安保理の決議を取りなさい」と。つくづく思うのですが、ああいうことをいまの日本の総理大臣が米国のドナルド・トランプ大統領の前で言えるかな、と。
だから、戦争が合法なケースというのは、自国を守るため自衛権を行使する場合と国連安保理の決議に基づいて行動する場合のみです。そして自衛権には個別自衛権と集団的自衛権があるわけです。
国連安保理の矛盾
いま、トランプ大統領は、イランへの攻撃について「黙っていればイランが先に米国を撃っただろう。従って先制攻撃をしたんだ」と主張している。つまり自衛のための戦争だというのです。けれど、誰も現状でイランが先に軍事行動をとるとは思っていない。よって、その主張には、まったく根拠がない。マルコ・ルビオ国務長官に至っては、「イスラエルが軍事行動をとるのを承知していた。イスラエルが行動すれば、結果として、米国の基地が撃たれる。従ってそれに対して先制攻撃をしたんだ」と言っている。これもべらぼうな論理なんですよね。彼らは「正当防衛として、自衛権を行使した」と言っているのだけれど、無理がある。この米国およびイスラエルのイラン攻撃というのは、明らかに国際法上、正当化できるものではないといえます。
1月に米国がベネズラを攻撃し、ニコラス・マドゥロ大統領を拉致・拘束した件も同じです。トランプ大統領は、「警察権の行使」と言っていますが、基本的には他国の内政に踏み入り、主権を侵害したケースです。
もっとも、明らかに国際法に違反していたとしても、それを違法と言い切ることができるのは、国連安保理だけです。国連安保理は、どこかの国から提訴を受けた際、「A国の行動は正当性を欠く国際法違反」と決議できる唯一の機関です。しかし、米国、ロシア、中国、イギリス、フランスの5ヵ国が安保理の常任理事国として拒否権を持っているから、それらの国の行動に対しては、「違法」という判断が下されることはない。
だからたとえば、ウクライナに対するロシアの行為も明らかな侵略行為ですが、それが通ってしまう。米国のいまの軍事行動も同じです。
よって、大国がそういうことを起こしたとき、「違法だ」と批判はできても、違法性は阻却されてしまう。それがいまの国際社会の現実。だから、これまで国際社会は戦争を防ぐため努めてきたけれど、結果として、これに逆行する流れが加速し、一種の弱肉強食の世界になりつつある。我々はこのことを深く認識しなければなりません。
WTОが機能せず
「戦争抑止」とともに戦後の大きな流れとしてあったのが、自由貿易に基づくグローバライゼーションです。要するに貿易を自由化することで、各国の成長を押し上げるという考え方です。中国が経済成長を達成できたのは、ずっとこれがあったからに他なりません。しかし、それがいま、ものの見事に打ち破られている。
自由貿易について、トランプ大統領は、「米国は市場をオープンにしたため、中国やその他の国々によって、きわめて不公正な扱いを受けてきた。だからそれを取り返す」と言っています。自由貿易主義の指導者として先頭を走ってきた米国が、「自分たちはそれによって搾取されてきたから、やめる」と言っているのです。
指導者の国というのは、どの場合でも同じですが、得るところがあるから、もっといえば中長期的には非常に大きな利益を得られるから、その立場にいるんですね。米国もそうだった。ところが、「いや、利益を得られていない」と言い切る大統領が出てきて、「もう自由貿易をやめた」と。こうなってしまうと、それに対して「おかしいじゃないか」と言うことはできても、覆すことはできない。
本来なら、こうした自由貿易をめぐる紛争が起きた場合、WTО(世界貿易機構)が対処し、調停を図るのですが、WTОを財政面で支えているのは米国で、その上級委員会は、米国の委員なくして成立しない。そして実際、いま米国が、WTОに代表を出さないと言っているため、機能が止まってしまっている。
私たちが外務省でやってきたのはなにかといえば、世界をもう少しリベラルにしていくこと、具体的には、援助を提供して貿易を自由化し、そして戦争を違法化して、気候変動や環境問題を改善していく。それが外交というものでした。ところが、いまそうではなくなった。国際的なリーダーシップを取るべき、世界最大のスーパーパワーといわれる米国が、それを「やめた」と言っているから。さらにトランプ大統領は、「自分を律するのは国際法ではなく、自分の道義だ」と言っている。あの方に道義があるのかどうかというのは大変疑わしいですが、いずれにしても、その意味で、いま世界は、極めて混乱した状況に陥っている。