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【第35回憲法フォーラムレポート】「今後の日本外交が危ない!!」②

本記事は、【第35回憲法フォーラムレポート】「今後の日本外交が危ない!!」①|新着情報|新着ニュース|前衆議院議員 あべともこの続きとなります。

 ドンロー主義が壊したNATO同盟

 この混乱した世界に、どう対応していくかというのが、各国にとって最大の課題となっています。 
 対応策はあります。一つは、トランプ大統領に取り入って、悪さされないようにするというやり方。国益のため、とにかくトランプのご機嫌を取る。私は、それも別に悪いことではないと思います。 
 けれど、西側先進各国は、それとは別の選択をしようとしている。米国に依存しすぎているのが自分たちの弱みになっていると気づき、少なくとも米国にトータルに依存するのはやめ、できるだけ自立していこう、と考えた。これを一番勇敢にやっているのは、先日来日したカナダのマーク・カーニー首相です。彼は米国の隣国でありながら、「もはや米国のような大国に従うのは、自分たちの安全にとって支障が多すぎる」と判断し、中堅国の間で連帯し、自分たちの価値を追求していこうと行動しています。 
 NATOに加盟する欧州の多くの国々も基本的には、同様の考えになっている。NATOは「同盟国への攻撃は、加盟するすべての国に対する攻撃と受け取り、共同作戦をとる」という集団的自衛体制をとっており、その中心にいるのは当然、米国ですが、もはやその米国が当てにできなくなった。だから、米国依存をほどほどにして、自衛力を拡大しようということで、防衛費を増大化している。顕著なのは、ドイツです。敗戦国であるドイツは、過去の反省から以前は日本同様、自国の軍事強化にとても臆病だったのですが、最近は徴兵制を復活したり、軍事費を積み増している。ドイツは非常に厳しい財政規律を敷いてきたため、財源に余裕があるから、軍事資源を増大させ、安全保障面で米国に頼りきりにならない体制を作ろうとしているのです。貿易面でも、多角化して米国のマーケットへの依存を減らし、南米のブラジルやアルゼンチン、そしてインドなどとの間で自由貿易協定を結んでいる。 
 こうなった背景には、米国が昨秋にアナウンスした新たな安全保障戦略があります。米国は「これからモンロー主義になる」と発信したんですね。モンロー主義とは、ヨーロッパが圧倒的に力を持っていた時代、欧州からの米国大陸への介入を防ぐ意味で使われた考え方です。しかし、トランプ大統領が言っているのはこれと異なります。彼は、「モンロー主義」を、自身のファーストネームから「ドンロー主義」と言い換えているのですが、これは欧州から引いて、自分たちは「米国大陸」に安全保障のプライオリティを置く、という意味です。このとき、「米国大陸」とはどこを指すのかというと、南北の米大陸とグリーンランドなんですね。だから、トランプ大統領は、「グリーンランドを領有するんだ」と強く踏み込んでいるわけです。 
 トランプ大統領はこのドンロー主義に従い、「ロシアの脅威にさらされているNATOのための軍事的支援はほどほどにしたい」と言っています。これまで、ウクライナへの支援は、米国がやっていました。米国が自国で生産した武器を提供し、ウクライナの防衛力を強化してきた。しかし、「もうそれはやらない。欧州でやればいいじゃないか」と言っている。だから、いまウクライナへの支援は西欧諸国が担っている。とくにドイツ。ウクライナは、それがないと戦えない状態にあります。 
 ウクライナはNATO加盟国ではないけれども、同国がロシアに席巻されたら、次に狙われるのはNATOの国々です。とくにウクライナに接するポーランドやハンガリー、あるいは北欧の国々が脅威にさらされている。だから本来ならばNATOが集団的に対応すべき問題ですが、いまは必ずしもそうなっていない。 

 長年続いた「日中友好万歳」 

 こうした欧米の動きが加速する中、果たしてアジアはどうなっていくのか。それが本日の講演の中心テーマです。
 いま、徐々に明らかになっているのは、トランプ大統領の米国第一主義とは、「米国人の犠牲を増やしてはいけない」という考え方がベースにあるから、ある意味、戦争をすることには消極的だという点です。とくに、ロシアや中国といった大国に軍事力で対抗するのは好まない。つまり中国が関係する台湾やアジア各国との紛争に介入する気はない。けれども、小国を相手にする場合、犠牲は大きくないから軍事力を発揮し、戦争をやるのですね。ベネズエラやイランへの攻撃がそうです。 
 だから問題は、西半球にプライオリティがあるという中、果たしてトランプ大統領が、どういう判断をこれからするだろうか、という点です。それが今後のアジアを考える上で大きな懸念となるのです。 
 私がもう一つ懸念するのは、中国がいまのような経済大国になった結果、日本も米国も、ともに対中戦略を変えたという点です。 
 日中関係は、1972年に国交を正常化し78年に平和友好条約を結び、大きく転換します。以来、日本国内では、日中友好万歳の空気が広がっていきました。当時、私はASEANの国々を所管する課の主席事務官だったのですが、隣の中国担当課長のところへ行って、「日本国内の雰囲気は、田中(角栄)派に率いられた政治によって友好万歳となっている。だが、中国にODAの援助をやるときはそれに流されず、慎重にやってくれ」と言いました。しかし、結果的には、その空気に押され、あっという間に、日本の対中援助が増加し、80年代初めには中国がナンバーワンのODA受け取り国となった。
 以降、日中関係は、それが良かったかどうかは別として、ある意味、良好な関係が続きました。国内では、ずっと日中友好万歳な状態で、89年に天安門事件が起きたときも、日本はG7諸国に同調して対中制裁に加わったのですが、一番最初にそれを解除しました。つまり当時の日本の対中政策は、米国に追従していたわけではなく、日本独自のものがあったわけです。 

 「アジア太平洋」から「インド太平洋」へ 

 その後、2010年に、中国が日本をGDPで追い越し、世界第2の経済大国となった。そのころから中国は、「戦狼外交」という形で、貿易を盾にした経済的圧力によって、他国を脅しにかかるようになりました。ノルウェーのノーベル財団が、中国政府を批判するジャーナリストにノーベル平和賞を与えた際、中国は、同国の最大の輸出品であるサーモンの輸入を禁止した。また、領土問題で揉めていたフィリピンに対しては、バナナの輸入を禁止するという経済的圧力に加え、南シナ海を埋め立てて基地を建設し、軍事的に圧力をかけた。 
 このように第2の経済大国になって以降、非常に攻撃的な行動をとる中国に対し、米国は非常に強い危機意識を持ち、日本も同じように捉えた。それによって、従来は異なっていた両国の対中政策が、図らずも一致したのです。 
 日本では、2015年、第二次安倍内閣のとき、「インド太平洋構想」を打ち立てます。わたしが外務省にいた当時の外交方針は、「アジア太平洋」の協力だった。つまり中国を巻き込み、アジア太平洋で、より大きなコミュニティを作っていこうという考え方。そこには当然、貿易の自由化といったことも含まれます。その「アジア太平洋」という枠組みが「インド太平洋」へ転換されたのです。「インド太平洋」の中核を成しているのは日本・米国・オーストラリア・インドの4ヵ国。その4ヵ国は「自由で開かれたインド太平洋の実現」をめざすため、QUAD(日米豪印戦略対話)という非軍事の外交・安全保障の連携を組んでいます。 
 こうして日本は、インド太平洋というコンセプトの下、米国とともに中国を牽制する方向へ舵を切った。そのコンセプトがいまも高市政権に継承されているのです。だから高市首相は必ず、「日本の外交の主軸は、インド太平洋戦略。〝自由で開かれたインド太平洋(FOIP)〟が、日本として進むべき道」と言うのです。 
 こうしてこの10年で、日本の対中政策は大きく変わった。「中国というのは基本的に敵であり、牽制して封じ込める」という戦略に転換したのです。