本記事は、【第35回憲法フォーラムレポート】「今後の日本外交が危ない!!」②|新着情報|新着ニュース|前衆議院議員 あべともこ の続きとなっております。
米国はすでに梯子を外した
ところがいま、米国はどちらかといえば、中国を封じ込めるのではなく、中間選挙までの1年間は、中国と大きな取り引きをして、貿易戦争は休戦、台湾問題は議題にしない、という方針です。だから、昨秋の米中首脳会談以降、米国は中国と対決するのではなく、一定の枠組みの中、対話を軸に協力関係を築いていくという路線を引いた。つまり、日本の方向性とは、明らかにずれてきている。
このズレが顕在化したのが、昨年11月の国会における高市首相の台湾有事発言です。その前にAPECの会合があり、高市首相は中国の習近平国家主席と会談する一方、台湾の代表とも会談を持った。そして帰ってきて、国会答弁で、台湾有事について、「場合によっては、存立危機事態になる」と言ってしまった。存立危機事態になるということは、2015年に成立した安保法制に従えば、日本が集団的自衛権を行使できるということになります。当然、この答弁は、中国に「日本が台湾有事に介入してくる」という印象を持たせた。
確かに自国の安全を守るため、日本が集団的自衛権を行使しなければならない場合ということはあり得るでしょう。けれど安保法制においても、さまざまな制約がかかっており、行使できる場合は、ものすごく限定的です。ところが高市首相は、それをすっ飛ばして、ストレートに「台湾有事になれば日本は行動する」と相手に思わせてしまった。
一方、トランプ大統領は、「中国とはG2として、ともに世界をマネージメントしていこうと考えている。台湾問題は、話しかしていない」と言っている。つまり日本が後ろ盾として期待している米国は、すでに梯子を外している段階なのです。にもかかわらず、いまだ日本は米国とともに中国を牽制しようという方針を変えようとしない。高市首相の発言がそれをよく表していますが、中国に対し突っ張っていこうとする姿勢は、外務省も同じです。いま、外務省で「アジア太平洋」と言う人がほとんどいない。推進する枠組みは、あくまで「インド太平洋」なんです。
「アジア太平洋」というのは、中国含め、みんなで自由貿易を行い、気候変動の取り組みを進め、信頼関係を醸成するという考え方です。そうやってみんなで行動しようというのが基本的な構造でした。少なくとも私が外務省で担当をしていた小泉政権時の考え方は、そうでした。ところがいまは違う。「インド太平洋構想」を掲げ、中国を牽制するため、連携の枠組みから中国を外すのが日本の主題になった。一方で、米国はそれとは違った方向に行こうとしている。だから私は国会の国際問題調査会含めさまざまなところで問いただしているのです。果たして日本は、いまのままのやり方・考え方でいいのですか、と。
私たちは、ウクライナ戦争や中東ガザでの紛争、イランへの攻撃、これらについてももっと関心を持たなくてはいけない。というのは、これらはすべて米国が関与していることです。米国の国家安全保障戦略だから、必ず東アジアに跳ね返ってくる。その点をきちんと認識すべきだと思います。
「抑止力を高める」のは正しいのか?
私が最近、外務省の人たちと話していて、あるいは国会でのやり取りを見ていて強く思うのは、この国はいつから「抑止力」という言葉を強く言い出すようになったんだろうか、ということです。要するに平和を作るための最大の道具が抑止力だと考えている。抑止力とは何かというと、相手が日本を攻撃しないように壁を高くするという意味です。具体的には防衛費を増やして、相手の基地に届く長距離ミサイルを持ち、そして米国と戦略を一致させる。そうした議論が中心になっている。
高市政権の発足以降、それは顕著になっています。アジェンダとして挙がっているのは、憲法改正、防衛費の増大、武器輸出の拡大。さらには非核三原則の修正まで言い始めている。その基本コンセプトは、明らかに抑止力を上げるという考え方です。なぜ抑止力を上げるのか。中国が軍拡化により、日本の4倍の軍事力を有するようになり、また北朝鮮が核兵器を持っているからです。よって日本は抑止力を上げないといけない、というのがあたかも日本の国策のようになっている。
だけど防衛費を上げ、軍事力を高めて抑止力を強化するのは、相手がいるからです。相手がいるのなら、普通の発想からすれば、まずは外交を機能させ、相手が間違った行動を起こさないような仕組みを作ろうとします。それこそが、本来の外交の使命です。現実問題として、「抑止力を強化して相手を黙らせる」と意気込んだところで、相手を黙らせるなんてことは、そうそうできるはずがない。要するに、相手と関係性を築き、相手が間違った思いを持たないような仕組みを作っていくのが外交というものですが、いまそうした外交をやろうとする雰囲気は残念ながら日本にはない。いつの間にか抑止力がすべてで、それを高めていくには米国との関係を強化していく必要がある、という意識になった。
これは間違いだと私は思う。なぜなら、米国はそんなに信頼に足る国ではないと考えるからです。欧州の国々やカナダでさえ、「米国は信頼できない。だから自助努力をしなてくてはいけない。貿易を多角化しなくてはいけない」と考えている。だから、日本ではほとんど報道されていませんが、この2ヵ月の間に、それらの国のほとんどの首脳が、中国へ行き、中国との関係を変えようとしています。そんな状況の中、日本は本当にいまのままで良いのでしょうか?
「台湾有事発言」は撤回すべき
ご存知のように、高市首相の件の台湾有事発言を中国は大変問題視しており、事態はどんどん悪化している。
この高市答弁は、2015年の安保法制に基づき、集団的自衛権の一部を行使できるという論理から出たものです。しかし、安保法制において集団的自衛権が行使できるのは、日本の存立危機事態、つまり日本の存立に影響を与えるような重大な脅威がもたらされた場合、あるいは日本と緊密な関係にある戦争当事国、具体的には同盟国の米国が攻撃を受けて、それを助けるという場合です。そして行使するときは、総合的に必ず最小限の行動をとることになっている。それが法律の建て付けで、総理大臣の発言で勝手に変えられるものではない。その意味でいうと、わざわざ地名を出して、「この国がこうしたら攻撃します」と言うのは本当に愚かなことだと思います。この点を、過去の政権は、安倍政権含めきちんと認識していた。
「周辺事態」というのは、私が北米局審議官だったときに作った概念です。きっかけは、1993~94年に起きた北朝鮮の核開発をめぐる第一次北朝鮮核危機です。このとき、日本周辺で安全保障に大きな影響を及ぼす出来事が発生し、守ってくれる米軍が武力行使する場合、日本側から米軍へ情報や物資を提供することができないと分かった。なぜできないかという、武力行使と一体化しているから、憲法違反になるのです。当時の法制局は、そう判断しました。
だから、僕は国会議員を回り、なんとかこうした場合に米軍への支援ができるような仕組みを作るよう働きかけました。当時は自社さ(自民・社会・さきがけ)連立政権だったのですが、さきがけの極めて有力な議員の答えは、「無理」というものでした。だから私は「それなら立法化してください。何もできないで、座して死を待つのですか」と詰め寄りましたが、「やるなら、超法規的措置しかないんじゃないか」と言われた。でも民主国家で超法規的措置なんてそうそうありえない。私は涙を飲んで、事態が収まるのを心から期待しました。
幸いこのときは、米国のジミー・カーター元大統領が、平壌へ出向いて、金正日書記長と交渉し、最悪の危機は避けられました。仮にもしあのときなにかあったならば、目をつぶって日本が超法規的措置を取っていったかもしれませんが、それは国として破滅に陥ったことと同義だと思うんですね。
とにかく、私はこの経験から、米軍への後方支援を目的とした「周辺事態」という概念を作り、1997年に策定した「日米防衛協力のガイドライン」に盛り込んだ。当時、橋本(龍太郎)内閣の官房長官だった梶山清六さんに、国会答弁でこれについて説明をしてもらうことになったのですが、私は「頼むから、具体的な国名・地名を出すのはやめてください。出すと、敵を明示することになる。潜在的な敵は想定しているかもしれないけれど、敢えて相手を刺激する必要はありません」と言いました。梶山さんは、「分かった。周辺事態というのは『地域概念』ではなく、『状況概念』だね」と言って、答弁では地名等を決して口にしませんでした。
一方で、このとき私は中国へ説明に行った。相手は、いま外務大臣を務めている王毅さんで、当時、アジア局長でした。私の説明を聞いて、彼はこう尋ねてきた。「この周辺事態という概念は、台湾海峡にも適用されるんですか?」と。私は、「いや、それはあなた方次第だ。あなた方が行動して、日本の国の安全保障を著しく侵すような事態になったら、当然、国民を守るため行動します。しかし、あらかじめそう言っているわけではありません」と答えました。王毅さんは、「分かりました」とは言いませんでしたが、「日本国が国際法に従って防衛されることを切に期待します」とだけ返してきた。それ以来、中国は何も言わなかった。
だから、安全保障の概念というのは、とりわけ日本の場合、防衛の概念だから、わざわざ潜在的な敵を刺激するようなことを言わないのが鉄則です。そんなこと言っても、何の意味もない。よって私は、高市さんの「台湾有事発言」は、撤回すべきだと考えます。撤回したからといって、安保法制の適用範囲が変わるようなことはないし、実際にそうした事態になったとき、日本の手足が絞られることもない。こうしたことは理詰めで考えるべきなのです。
たとえ「国賊」「売国奴」と言われても
なにより日本にとって大事なのは、北朝鮮や中国の脅威がある中で、どのようにして北東アジアの安全保障を強化していくのかという点です。そのとき、「米国が守ってくれるから大丈夫」と考える方もいるかもしれませんが、先ほど述べたように、いまの米国には期待できない。ならば、防衛費を増大し、武器輸出を始めるのが有効な手立てなのか? 日本が防衛費を拡大すれば、日本の4倍の経済力を持つ中国も、核兵器を持つロシアや北朝鮮も、日本を警戒し、彼らも軍事力を強化するでしょう。よって、それは、日本の安全保障を守られる方策とはいえない。
トランプ大統領が提唱するドンロー主義の結論は、「自分の国・地域は自分で面倒見なさい」ということです。だから欧州の国々が、EUを中心により結束を強めて行動しようとしているのと同じように、日本も、アジア外交を再開させて、自由な貿易や投資を活発化させ、信頼を醸成し、突発的な事態を防ぐような軍事的枠組みを中国含めて作っていくことが重要だと思います。いま財政が厳しい中、防衛費をかさ上げしていくよりも、うんと有効な手だてではないでしょうか。
私はこのことを、YouTubeはじめとしたネットメディアや論文を通して、常に発信しているのですが、それに対してネットのコメント欄には、「国賊」「売国奴」といった書き込みがよく見られます。私が、いまの日本を極めて危ないと感じるのは、こうした名前すら名乗らず、無責任な発信がなされているという点です。名を名乗れ、と言いたい。
中には「そもそもお前が、北朝鮮と交渉したのも国賊行為だ」といった書き込みもあります。思い起こせば、2002年の小泉訪朝の際、こうした批判をありとあらゆる方面から受けました。当時の石原慎太郎都知事には、「田中『きん』ってヤツは、北朝鮮と話してけしからん」と言われました。私、田中「ひとし」なんですけど(笑)。それに煽られた右翼団体が私の家に爆弾を置いたこともあります。けれど、こうした動きについて「そんなのおかしい」と言ったのは、日本の新聞では一紙もなく、批判的論評を載せたのは、米国の「ワシントンポスト」でした。この国は、結局、メディアも政治家も官僚も、権力に向き合おうとしないのです。それはいまも変わらない。
私は、「国賊」「売国奴」などといった批判を何度も受けてきましたが、いまでもこうして平気で申し上げている。「安保法制がいかん」という議論もいいのですが、是非、皆さんにも、「防衛費をかさ上げし、武器輸出をやるよりは、外交の力によって北東アジア地域で協力体制を作った方が、ずっと安全を保つことに寄与できる良策だ」という意識を高めてもらいたいと願っています。