「SBS理論」に基づく「子ども虐待対応の手引き」の見直しを求めることに関する質問主意書
右の質問主意書を提出する。
令和三年六月十一日
提出者 阿部 知子
衆議院議長 大島 理森 殿
「SBS理論」に基づく「子ども虐待対応の手引き」の
見直しを求めることに関する質問主意書
乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)を研究する大学教授や弁護士でつくる「SBS検証プロジェクト」などによると二〇一四年以降、SBSが疑われる頭部傷害致死事件などで、一審や二審で無罪判決が出たのは全国で十四事件で、このうち十一件は無罪が確定している。
いわゆるSBS理論は、硬膜下血腫、網膜出血、脳浮腫の三症状があれば、激しく頭を揺さぶったと推定できるとされ、一九七一年に英国の小児神経外科医が提唱し、主に米国で広まったが、日本では近年、揺さぶり以外の原因でも三症状が起きる「中村一型」の可能性が改めて指摘され、脳神経外科医をはじめとする臨床家や研究者らが警鐘を鳴らしている。
このことについて、以下質問する。
一 SBSが疑われる傷害事件の相次ぐ無罪判決により、厚生労働省も実態把握を迫られ、令和二年度子ども・子育て支援推進調査研究事業、「児童相談所における虐待による乳幼児頭部外傷(AHT)事案への対応に関する調査研究」(PwCコンサルティング合同会社)を実施、本年四月に報告書が公開された。
調査には全国の児童相談所(児相)の約七、八割に当たる百七十一カ所が回答した。虐待の疑いがあるとして二〇一九年に対応した件数は九十六児相、二百四十三件に上り、そのうち百二十五件で児相の判断に基づき子どもを保護者から引き離す「一時保護」が行われたことが明らかになったが、解決すべき今後の課題についての問いには、「けがが故意か、事故か判断が難しい」との回答が二十四件(二十四児相)と最も多く、虐待か事故か判断に迷う現場の混乱が伝わる結果であった。こうした課題についてどのように認識し、どのように対策するのか。
二 一時保護が行われた百二十五人中、さらに半数の六十五人には二カ月から半年にわたる長期親子分離が行われている。親との分離は、とりわけ乳児期において愛着関係が形成されず、子どもの情緒や対人関係に問題が生じる「愛着障害」が指摘されている。愛着障害を最小限に抑えるための頻繁な親子面会や一時帰宅等、必要不可欠な配慮については、どのように指導され実施されてきたのか。政府の把握するところを答えられたい。
三 兵庫県明石市では、二〇一八年に起きた生後五十日の男児が右腕を骨折したことで児相に虐待を疑われた結果、一時保護が一年三カ月にも及び、その間親子の面会も月に一、二回しか認められなかった事例をきっかけに、第三者委員会を立ち上げ、一時保護の在り方を検証する仕組みを作った。こうした、行政をチェックする装置を行政の外に作ることが、情報公開と併せて最も求められていることではないか。地方の先駆的な取り組みを国としても学んでいただきたいがどうか。
四 横浜市立児相では、三月に一時保護に審査請求を行った乳児がいたが、家庭裁判所が「一時保護の再々延長」を認めず、約五カ月で一時保護は解除になった。一方、横浜市は、審査請求に対し、一時保護は解除されたのだから、法的利益はないだろうと、請求を却下した。この間の「親子分離」に、行政の責任はないのか。
五 報告書のその他の課題として「セカンドオピニオンの実施が難しい児童相談所がある」ことや「児童福祉司の児童虐待に係る医学的知識が不足する場合がある」ことなどが上げられている。セカンドオピニオンについては脳神経外科医に意見を求めた例は六・八%と極めて少ない一方、法医学分野に四十九・六%が求めていた。重軽傷にかかわらず、頭部外傷の臨床の専門は脳神経外科医であり診断・治療の実績もある。脳神経外科医を自治体がセカンドオピニオンとして登録し、児相に照会する仕組みを構築してはどうか。
六 六月四日、日本小児神経外科学会において発表された六病院共同研究の調査結果によれば、脳神経外科で硬膜下血腫と診断された乳幼児百六十例を分析したところ、約六割を低い場所からの転倒・転落が占め、虐待が疑われる例は約三割だったとのことである。
一方、厚生労働省「子ども虐待対応の手引き」はSBSを「子どもの頭部が暴力的に揺さぶられることによって生じる頭部外傷」であり、「家庭内の低いところ(九十センチメートル以下の高さ)からの転落や転倒では起きない」として、硬膜下血腫等の三症状があった場合に虐待を疑うよう求めているが、それに従えば、この分析事例の多くが虐待と認定される可能性が生じる。このことについて見解を問う。
七 日本では「中村一型」として、つかまり立ちなど、低い位置からの転倒や落下の軽い衝撃で硬膜下血腫などの外傷を受けることは、すでに一九六五年より報告があり、近年は海外でも認識され、無罪判決が出ているという。
ノルウェーのAHT研究所によると、二〇〇四年から二〇一五年までにノルウェーで有罪を言い渡された十七件を検討した結果、うち十六件で揺さぶり以外の原因があった可能性があるとの報告が、脳神経外科医や法医学者の共著で示されたとのことである。
乳幼児の病気や事故についての医学的な判断が正確でないと、児相の介入に影響する。国内の臨床家や研究者からも「SBS理論」に基づく「子ども虐待対応の手引き」は、医学的妥当性のある内容に見直すべきとの指摘がされているが、改訂の予定はあるか。
右質問する。
※政府答弁は6月25日です。