2009年にスタートした産科医療補償制度は、一定の条件で脳性麻痺を発症した子どもに対して療養費が支払われる仕組みですが、これまでの審査基準には医学的合理性がないとされ、本年1月から新たな要件で審査されることとなりました。しかし、この制度によって救われる子どもがいる一方で、去年までに生まれた約500人の子どもが旧基準によって補償対象外となっています。これらの子どもたちに対して何らかの救済を求め、質問主意書を提出しました。
令和四年十月十九日提出
質問第二〇号
産科医療補償制度における補償対象外となった脳性麻痺児の救済に関する質問主意書
提出者 阿部知子
産科医療補償制度は安心して産科医療を受けられる環境整備の一環として、二〇〇九年一月に創設され、日本医療機能評価機構(以下「機構」)に運営組織が置かれ、制度が始まった。
大きな柱は(1)重度の脳性麻痺で生まれた児に対し、過失の有無にかかわらず三千万円の補償をする、(2)脳性麻痺の原因分析を行い、報告書を提供する、(3)情報分析に基づく再発防止の提言等により産科医療の質の向上を目指す、とされている。
以降、補償実績と検証が蓄積される中、順次見直しの必要性が生じ、二〇一五年と二〇二二年に改定が行われている。特に二〇二二年改定(以下「二二年改定」)に当たっては、二〇一八年七月二十五日に産科医療補償制度運営委員会委員長より厚生労働省医政局長に対し、「補償対象基準の見直しに関する要望書」(以下「要望書」)が提出された。
これらを踏まえ、以下質問する。
一 制度の見直しの主体について
二〇一五年改定(以下「一五年改定」)に先立ち、二〇一四年一月二十日に開催された第七十三回社会保障審議会医療保険部会において、「日本医療機能評価機構ではなく、所管部門である医政局、厚生労働省に検討のワーキングチームをつくるべき」という旨の提案がなされ、「今後は国の検討組織で議論をする」旨、取りまとめられた経緯がある。そのため機構の要望書は「国において本制度の見直しに関する検討を早急に行うことを強く要望する」と結んでいる。
1 この要望書に対して厚生労働省はどのように対応したのか。厚生労働省における検討の経緯を示されたい。
一の1について
御指摘の「要望書」を踏まえ、厚生労働省においては、令和二年二月に「産科医療補償制度の見直しに関する検討について」(令和二年二月四日付け厚生労働省医政局総務課医療安全推進室及び保険局保険課事務連絡)を発出し、産科医療補償制度の運営組織である公益財団法人日本医療機能評価機構(以下「機構」という。)の理事長に対して、同制度の実績について検証を行うとともに、同制度の見直しに関する検討を進めることを依頼し、当該検討の結果を踏まえて、社会保障審議会医療保険部会において審議を行い、「二二年改定」を行ったところである。
2 二二年改定に当たっても、厚生労働省は省内に会議体を設置せず、機構の中に有識者や医療関係団体、保険者等の関係者による検討会を設置させ、前回と同じく社会保障審議会医療保険部会に検討結果を報告させたのみであり、何ら主体的な議論を行っていない。これは社会保障審議会医療保険部会の議論を無視したばかりか、所管省庁としての責務を果たしていないのではないか。政府の見解を示されたい。
3 産科医療補償制度は単に産科医不足の解消や訴訟回避だけが目的ではない。産科医療の質の向上はもちろん、周産期医療の体制整備、不幸にして障害を負った児の療育の在り方をも視野に入れ、安心して妊娠・出産できる環境づくりに寄与するものであると理解している。直接の所管部署は医政局のはずであるが、制度の見直しに当たって、局長あてに要望書が出されているにもかかわらず、何ら主体的関与を行っていないのはなぜか。
一の2及び3について
産科医療補償制度の見直しに当たっては、同制度が、公正中立な運営を行う観点から、機構において医療関係団体、患者団体、保険者等の関係者の意見を踏まえて制度の検討を行い、学識経験者や医療保険者等による審議を経て定められた補償対象基準や掛金を踏まえて保険契約を締結して実施されていることに鑑み、機構において関係者の意見を踏まえて制度の見直しに関する検討を進め、厚生労働省において、当該検討の結果を踏まえた対応を行うこととしたものであるため、「所管省庁としての責務を果たしていない」及び「何ら主体的関与を行っていない」との御指摘は当たらない。
二 補償対象外とされた児の救済について
従来、二〇一五~二〇二一年生まれは、「在胎週数二十八~三十一週で生まれた児」または「三十二週以上生まれで且つ体重が千四百g未満の児」、二〇〇九~二〇一四年生まれは、「在胎週数二十八~三十二週で生まれた児」または「三十三週以上生まれで且つ体重が二千g未満の児」については、未熟児性脳性麻痺の可能性から、個別審査が行われ、分娩中に低酸素状態にあったことが確認できない場合は補償対象外とされたが、機構において、二〇〇九年から二〇一四年までに生まれた児の審査実績を分析したところ、個別審査で補償対象外が約五十%あり、また、個別審査で補償対象外とされた児の約九十九%で「分娩に関する事象」または「帝王切開」が認められ、医学的には「分娩に関連する脳性麻痺」と考えられる事案でありながら補償対象外となっていたことが報告された。
これを受けた二二年改定により補償対象基準が見直され、同年一月以降に生まれた児より「在胎週数二十八週以上。低酸素状況を要件とした個別審査廃止」とされた経緯がある。(二〇二〇年十二月四日産科医療補償制度の見直しに関する報告書)
1 第六十九回社会保険審議会医療保険部会(二〇一三年)に機構から提出された資料は、二〇〇九年当時から在胎週数二十八週以降の早産児における脳性麻痺の発生率が顕著に減少していることを示している。つまり当時から医療水準は十分高かったのであり、当時から脳性麻痺の原因は未熟性ではないという知見はあった。しかし、補償申請期限は満五歳の誕生日であるため、二〇〇九年生まれの児は二〇一五年まで補償対象者が確定しないことから一五年改定の際には、確定実績に基づく検証はできなかったのである。
実績が十分積みあがった二二年改定において、個別審査の基準には医学的合理性がないとして上記の見直しが行われたが、制度開始から現在までに、新基準に照らして補償の対象となりうる対象者はどのくらいいるのか。政府の把握しているところを示されたい。
二の1について
お尋ねの「制度開始から現在までに、新基準に照らして補償の対象となりうる対象者」の数については、政府として把握していない。
2 これらの児は、当初の補償基準に「医学的合理性がない」として、厚生労働省がいわば瑕疵を認めた個別審査によって補償の対象外とされたのである。ならば何らかの救済措置を講じるべきではないか。例えば、個別審査された結果、補償対象外となった児に対して、再審査請求を可能とするような救済制度を設立し、二〇二二年出生児と同条件で再審査すべきと考えるがどうか。
二の2について
健康保険法施行令(大正十五年勅令第二百四十三号)第三十六条第一号に定める厚生労働省令で定める基準については、機構が設置する産科医療補償制度運営委員会及び産科医療補償制度の見直しに関する検討会において、その時点の医学的知見や医療水準を踏まえ、学識経験者や医療保険者等による検討が行われ、当該検討の結果を踏まえて社会保障審議会医療保険部会における審議を経て定められているところであり、その時点における適切な基準を設定していると考えている。
その上で、産科医療補償制度は、機構と保険会社が保険契約を締結し、医療保険者が実質的に掛金を全て負担する形で実施されており、お尋ねの「救済措置」については、学識経験者や医療保険者等による審議を経て定められた補償対象基準や掛金を踏まえて締結された保険契約に定められていないため、現状においては困難であると考えている。
3 二〇二二年五月三十日、参議院予算委員会において、岸田総理は自見はな子議員に対する答弁で、「医療保険者が実質的に掛金を全て負担するこの民間の保険制度において保険契約を事後に遡及することの是非については、運営組織と医療保険者との協議によって定められる」と述べているが、分娩の当事者である母親も本来受け取るべき出産一時金から保険料を拠出している仕組みであり、ステークホルダーである。運営組織と医療保険者だけでなく、医療関係団体、患者団体等との会議体を作り、厚生労働省医政局が主導して救済の在り方を議論すべきと考えるがどうか。
二の3について
産科医療補償制度については、機構と保険会社が保険契約を締結し、医療保険者が実質的に掛金を全て負担する形で実施されており、その保険契約の内容については、学識経験者や医療保険者等による審議を経て定められた補償対象基準等を踏まえ、機構と保険会社において定められるべきものであると考えている。また、御指摘の「医療関係団体、患者団体等」については、機構における産科医療補償制度運営委員会等に参画しているものと承知しており、「分娩の当事者である母親」に対しては、同制度の仕組みやこれまでの見直しの内容等について機構から丁寧に説明することが重要であると考えている。
4 二〇〇九~二〇二一年生まれの児で、個別審査で対象外とされた児たちは、原因分析すら対象外とされ、いまだに脳性麻痺の発症原因はわからないままである。しかし、低酸素状況以外の原因による分娩事故であった可能性が否定できない以上、改めて原因分析を行うべきであると考えるがどうか。
二の4について
産科医療補償制度は、分娩に係る医療事故により脳性麻痺となった児及びその家族の経済的負担を速やかに補償するとともに事故原因の分析を行い、将来の同種事故の防止に資する情報を提供すること等により、紛争の防止・早期解決及び産科医療の質の向上を図ることを目的としており、その時点の医学的知見や医療水準を踏まえ、その時点における適切な基準に照らして、分娩に係る医療事故と認められるものに起因する一定の障害等の状態となった出生者等に対して、補償を行っているところであり、御指摘の「二○○九~二○二一年生まれの児で、個別審査で対象外とされた児たち」は、分娩に係る医療事故による脳性麻痺と認められないことから補償の対象外となった者であることから、改めて同制度において原因分析を行うことは考えていない。
5 二二年改定に向けた制度の見直しの過程において、本制度の剰余金の使途を検討するに当たって、これを将来の掛金に充てるという方針以外に、剰余金を用いて過去に個別審査で補償対象外とされた児に対して何らかの経済的援助を新たに行うことの要否に関して審議ないしは意見交換が行われたか否かを明らかにされたい。行われたのであれば、その具体的内容(審議の時期、会合名、発言者、発言内容等)を明らかにされたい。
二の5について
お尋ねの「剰余金を用いて過去に個別審査で補償対象外とされた児に対して何らかの経済的援助を新たに行うことの要否」について、社会保障審議会医療保険部会において審議及び意見交換は行っておらず、機構においても審議及び意見交換は行われていないと承知している。
三 分娩事故の実態について
1 制度開始時から現在までに原因分析報告書の送付件数は何件か。またそのうち訴訟提起件数、訴外の賠償交渉は何件あったか。さらに医療側の過失が認められた場合は医師賠償責任保険等に求償する仕組みであるが、制度開始から現在まで、当該件数は何件あったのか。政府の把握しているところを示されたい。
三の1について
お尋ねの「原因分析報告書の送付件数」については、機構において令和元年八月七日に開催された第四十一回産科医療補償制度運営委員会及び令和四年七月六日に開催された第四十七回産科医療補償制度運営委員会の資料によれば、制度開始から令和三年度末までの間における原因分析報告書の送付件数は三千百八十七件である。また、令和四年一月十九日に開催された第四十六回産科医療補償制度運営委員会の資料によれば、制度開始から令和三年十一月末までの間における原因分析報告書の送付件数のうち「訴訟提起件数」は二十五件、「訴外の賠償交渉」の件数は三十三件であり、「医師賠償責任保険等に求償」した件数については、政府として把握していない。
2 二〇一三年五月、原因分析委員会における調査の結果、脳性麻痺を発症した百八十八件の事案のうち陣痛促進剤を使用したケース五十六件の七十七%に当たる四十三件で、日本産婦人科学会が設けた使用基準を逸脱していたことが判明している。このことは厳格に使用基準を守ることで防止できる重度の脳性麻痺がまだあることを示している。
産科医療補償制度は医療における無過失補償制度のさきがけであり、産科以外にも制度の拡大を目指すのであれば、医療者と患者の信頼関係を損ねかねない事案は厳正に対処すべきである。厚生労働省はこれらの事案にどのように対応したのか。
三の2について
御指摘の「原因分析委員会における調査」において判明した事案への対応については、機構の産科医療補償制度再発防止委員会が平成二十五年五月に作成した「第三回産科医療補償制度再発防止に関する報告書」において、子宮収縮薬の使用に当たっては、「インフォームドコンセントを得た上で、用法・用量を守り適正に使用する」こと等が重要であるとされており、厚生労働省においては、同報告書について、都道府県等に対し、医療機関等への周知を依頼している。